
ダーラナ・ディヤーナ・サマディ
この3つはヨーガの醍醐味でもある瞑想の練習です。
瞑想による内側からの平和を育みます。
ダーラナ・ディヤーナ・サマディは瞑想について、3段階に分けて説いています。
瞑想のはじまり、ひとつに集中することがダーラナです。
その状態を継続する、広げていくことがディヤーナです。
更に、不動になる状態がサマディと呼ばれます。
瞑想の話ではありますが、ここでは日常の出来事に例え暮らしのダーラナ・ディヤーナ・サマディと共にお話します。
ダーラナ
ダーラナとは、ひとつに集中すること。
この「集中する」について日常の出来事「夕飯にカレーを作る」に例えました。
パターンA・Bのカレーを作る時のママの頭の中を覗いてみます。

カレーが食卓に上がるという結果は同じですが、カレーができるまでのママの頭の中は異なります。
パターンA
食材の表情、料理道具とコミュニケーションをとるなど「料理をする」ことに集中しています。
ワクワク感が感じとれ、人参が元気に育ってくれてありがとうと感謝の心も聞こえてきそうです。
パターンB
料理をする以外の情報に左右され、意識が散漫しています。心ここに在らずの状態。
情報を持ち過ぎ、動きづらくなっています。ストレスの要因に繋がるかもしれません。
パターンAのように、集中するとは「持たない」ことや「今」ここにいることです。すると、感謝の心が生まれ、満たされているような幸福感を味わえるでしょう。
瞑想へハードルを感じる時は、暮らしの中で集中することからはじめましょう。繰り返し続けることで、集中する力が育ち、瞑想する心身の準備が整います。
瞑想のダーラナは、私自身に集中していくことです。
心身の満たし、幸福感は暮らしのダーラナよりも深い内部から感じられるでしょう。
ディヤーナ
ディヤーナは、集中が継続的となり、その状態が広がっていくこと。
暮らしのディヤーナは、感謝の心に満たされ、幸福感に浸る日々を過ごしていると。
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自分の持っている能力を最大限に生かせる
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できなかったことができるようになる
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ここまでと思っていた壁が崩れ、可能性が広がる
などの変化を感じるかもしれません。
瞑想のディヤーナは、私の内側へ集中が続いていく状態です。心・思考・肉体から手放れ、静まり、穏やかな海の中へ広がっていくような。心身の広大さを楽しむ瞑想へと深まります。
この広大さは、精神面、肉体面の可能性の広がりが揺るぎ無いものへと導きます。「こうなりたい。こうあってほしい。」という希望からなる過信とは異なる、内側から湧きでる自信という安らぎを感じるでしょう。ご自身でディヤーナを体感し、受取り下さい。
サマディ
サマディはディヤーナが不動になり、空っぽ、無の境地なのでしょうか。悟り・三昧とも呼ばれます。サマディを自分で実感した時に、こんな状態・こんな効果がありそうと綴りたいと思います。
まずは、暮らしのダーラナ、ディヤーナ、サマディ。そして瞑想のダーラナ、ディヤーナ、サマディへ繋ぎましょう。
本来の私。真理に触れますように。



